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#1 2015年09月03日 20:45:18

モトシモベ
ゲストユーザー

特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

いつもお世話になっています。
ちょっとした回顧録的な投稿です。


10年以上も大切に守り続けた特権を降りた(半ば降ろされた)ときは、それなりにショックを感じました。
たいせつな身体の一部をもぎ取られたような、ふがいなさを感じたものです。

しかし今になって思い返せば、わたしは「特権」というニンジンを鼻先にぶら下げられ、撒き餌にどっぷりと浸かり込んで周りが見えなくなっていたのでしょう。
心身ともにしゃぶり尽くされ、ボロボロの状態になっているにもかかわらず、特権にしがみつこうとしていた自分がいました。
まさに薬物やアルコールと同じ、中毒症状に陥っていたと思います。

実際に特権を降りて数年が経過した今の、偽らざる心境です。

ぶっちゃけ命が取られるわけでもあるまいし、心身を削ってまで守り抜くものじゃありません。
喜びが得られないとしたら、それは信仰が欠如しているためではなく、自分の心の声に耳を背け、自分自身を偽り傷つけているからです。
手放せるものはじゃんじゃん手放せばいいんですよ。それが「心の簡素化」です。

気づけば、その立場が負担になっている兄弟たちは、次のように真剣な自己吟味をおこなうとよいでしょう。

その割り当てを果たし続けることが…
1) 自分が本来守り大切にすべき人たちよりも、本当に重要なことなのだろうか?
2) 会衆の益と思える事柄は、最終的に誰の益になっているのだろうか?
3) 自分の心と身体を蝕みながら割り当てを完遂することを、エホバは本当に望んでおられるのだろうか?

本当にたいせつなものは目には見えないのですよ。


さて…
この掲示板を読んでいる先輩方には、かつて責任ある立場についていた方が多いと思います。
特権を降りた (または降ろされた) 経験を通して兄弟たちは何を学び、そして感じたのでしょうか。

あとに続く方々のため、自由な気持ちを書き込んでいただければ幸いです。

#2 2015年09月03日 23:38:17

野の花
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

モトシモベ さんの発言:

手放せるものはじゃんじゃん手放せばいいんですよ。それが「心の簡素化」です。、、、、、

、、、、本当にたいせつなものは目には見えないのですよ。


断捨離   シンプルライフ   ミニマル生活   ノマド、 ブームになって久しいですが人々が気づき始めたのですね。

本当に大切なものは心の自由だって。

モノや周りの人間関係が自分を幸せにしてくれるのではないって。

でも自由に生きるって自分自身がしっかりしてないと。

#3 2015年09月04日 00:14:53

SMG
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

支部巡回監督と長老団のケンカ。

とある会衆の長老が海老名から派遣された巡回監督たちの高圧的誘導尋問決して脅しに屈することなく、逆に隠しボイスレコーダーで彼らの恐喝の言質を取ることに成功しました。ノイズがひどくて聞き取りにくいです。

part1
https://www.youtube.com/watch?v=zzmjeyaNWQ0

part2
https://www.youtube.com/watch?v=VvMlKmXjMAQ
「協力して戴きたい」と言っておきながら自分たちの質問にはすべて首を縦に振るように執拗に迫る海老名からの巡回監督たち。
しかし、「神がそのような形式的なやり方についてどう思われるか考えてほしい」と一歩も譲らない長老。

part3
https://www.youtube.com/watch?v=Hp5LVCZzAVM
言論弾圧と脅迫的な態度で接する巡回監督たち。
「兄弟の意見は聞いておりません」の一点張り。
「すごむような態度なら帰ってください」「この会合は不当で無効だ」と一歩も譲らない長老

part4
https://www.youtube.com/watch?v=xiNr-sHay8Y
8:00~
支部の熟慮のうえに成り立った取り決めに服さないのは神に服さないのと同じであると排斥をちらつかせ、圧力をかける支部巡回監督たち。

part5
https://www.youtube.com/watch?v=U5W-peykZ4I
1日に祈った数を自慢する支部巡回監督たち。焦点をが違うと反論する長老。

part6
https://www.youtube.com/watch?v=FAV9ym-N5LY
もう聖書からもものみの塔の教理からも完全にかけ離れています。
「エホバが見てるんですけど?」と長老が発言した途端に 返す言葉が見つからず
「あなたの意見は承認しておりません。 こちらが求めてることだけ発言してください」
怒った長老はこれ以上話しあっても時間の無駄であるといい退出する長老。

#4 2015年09月04日 00:27:38

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

SMGさん

モトシモベです。
投稿ありがとうございました。

SMG さんの発言:

支部巡回監督と長老団のケンカ。 (以下、省略)

こちらの動画はわたしも全編視聴しており、とても貴重な資料であることは存じております。
しかしながら、わたしがこのスレッド上で求めている内容とは相違しています。

一連の動画に対するSMGさんのお考え等ありましたら、新規スレッドにて問題提起していただければ良いディスカッションが行えると思います。
ご理解いただきますよう、お願いいたします。

#5 2015年09月04日 07:08:47

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

野の花さん

野の花 さんの発言:

本当に大切なものは心の自由だって。

モノや周りの人間関係が自分を幸せにしてくれるのではないって。

でも自由に生きるって自分自身がしっかりしてないと。

おはようございます。
聖書には「真理は人を自由にする」とか「わたしのくびきは軽く心地よい」等と書かれています。
わたしの経験上、そんなことはありませんでした。
最後の数年間は特に、ステージから話す言葉と実態のギャップに苦しみ続けました。

特権を降りた直後の自分は空っぽで、野の花さんが書かれたような「自分自身」をしっかり持っていなかったんだなぁ、と実感しました。

#6 2015年09月04日 12:27:26

野の花
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

モトシモベさん

モトシモベ さんの発言:

特権を降りた直後の自分は空っぽで、野の花さんが書かれたような「自分自身」をしっかり持っていなかったんだなぁ、と実感しました。


私も消滅して暫くは 糸の切れた凧でした。

自分自身を取り戻すのに時間が必要だったのですが  一世でしたから我に返ることが出来ました(笑)

でも熱心なJWの親をもつ二世は 特権を降りると虚しさを感じたり 消滅しても” 私って いったい誰?” でしょうね。

#7 2015年09月04日 12:35:00

さやか 666
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

男性ならではの感覚ですね

安堵感や開放感に包まれるわけではないんですね

#8 2015年09月04日 14:44:36

通りすがり
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

その立場に居続けたとしても、組織が腐敗、縮小していく中で今後、責任者として大きな責任、罰、社会的制裁を受ける可能性や不安が強く残るはずです。児童虐待などで法廷で証言させられている昨今の統治体のメンバーや地元の長老たちはその序章でしょう。彼らは、こんなことで責任を負う(説明させられる)とは数年前には想像もしていなかったと思います。

今後、家庭の崩壊や排斥による差別・人権侵害、審理の強要や監禁状態の聴聞、人に罪名をつけて行動を制限する“刑罰”の付与などが法律違反とされ当局や民事が動くと、間違いなく“特権”にある地元の人たちが責任を問われます。その時、本部である「山」に「倒れかかって救ってくれ」と懇願して、果たして金銭的にも法的にも助けてくれるでしょうか?

立場を早いうちに離れられて助かった!と感じるほうが理にかなっています。もう、少なくともレイモンドフランズ氏が真理を明らかにしてくれた時にすでにこの組織は神から疎外されていることが明らかとなったのですから。彼は最期まで神を代表する者でした。神は真実を知らせようとすでに多くの証拠を見せてくれているのではないでしょうか。

#9 2015年09月04日 22:37:13

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

こんばんは。
まとめレスにて失礼します。

野の花 さんの発言:

でも熱心なJWの親をもつ二世は 特権を降りると虚しさを感じたり 消滅しても” 私って いったい誰?” でしょうね。

模範的なJW男子にとって、「特権を手放す = アイデンティティのすべてが崩壊する」と言っても過言ではありません。
幼少期から特権を目指すように励まされ、特権を捉えたときの(親を含めた)周囲のJWが喜ぶ様子を目にした若者たちは特に、特権を降りるときに非常な辛さと苦しさを感じるのだと思います。

実際に親も落胆することでしょう。
仮に男親が特権持ち、かつ本人の悪行による排斥や削除だった場合はなおさらです。
男親の資格も再考慮の対象となり、場合によっては特権が削除されると記憶しています。

わたしが特権を降りたとき、やはり母親は残念がっていました。
こんなわたしでも「自慢の息子」だったのでしょうね (笑)

さやか 666 さんの発言:

男性ならではの感覚ですね

安堵感や開放感に包まれるわけではないんですね

わたしの場合、安堵感や開放感に包まれることはありませんでした。
心理学的に言う「しがみつき」と同じ感覚で、特権や立場に対する「精神的依存」に陥っていたのだろうと思います。
その時点で心身共に限界だったのですが、「まだやれる」と無理に思い込ませていました。

今の心境は、最初の投稿に書いたとおりです。

通りすがりさんへの返信も書きたいのですが、いったん投稿することにします。

#10 2015年09月05日 00:59:14

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

通りすがりさん、投稿ありがとうございました。
こちらにもお返事を書かせてください。

通りすがり さんの発言:

その立場に居続けたとしても、組織が腐敗、縮小していく中で今後、責任者として大きな責任、罰、社会的制裁を受ける可能性や不安が強く残るはずです。

責任ある立場に就く兄弟たちの多くは「漠然とした不安感」を密かに抱えておられることと思います。
将来に対する不安、自分の家族に対する責任を担いきれない不安、(口には出せないまでも) 組織に従い続けることに対する不安…その他、正体不明の不安です。

そのような不安を口にすることは、立場ゆえに許されません。
それでも聖書に基づく積極的な言葉や態度を示し続けなければいけない辛さ、経験者であれば理解していただけると思います。

心で泣きながら笑い続ける義務を負わされたピエロは、やがて自分の心を欺くようになります。
暗闇の中にいる、仮面をつけたピエロ。

感情の矛盾にアンバランスさを感じ、傾きが最大角度に達すると、心は麻痺して痛覚を感じにくくなります。
心の無感覚、悪循環の連鎖が始まる瞬間。

皮肉なことに、不安感が強ければ強いほど、強いて正反対の感情を考えさせる傾向が人の心にはあります。
独特の高揚感、不思議と不安は感じない。

心が高揚して「信仰が強まった」と感じても、それはすぐに霧散する錯覚です。
漠然とした不安は静かに膨張を始め、さらに心を欺く。連鎖は止まらない。

気がついたときには立派な特権ジャンキーの一丁上がり…です。

通りすがり さんの発言:

もう、少なくともレイモンドフランズ氏が真理を明らかにしてくれた時にすでにこの組織は神から疎外されていることが明らかとなったのですから。

わたし自身、かなり早い段階からWT組織の矛盾には気づいていました。
それでも無様な姿で特権にしがみつこうともがいていたことは、紛れもない事実です。

特権依存の末期症状を呈するまで、わたしの心は悪循環の連鎖に絡め取られたままでした。

#11 2015年09月06日 18:14:36

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

わたしが知っている、ある兄弟の経験です。

60代のその兄弟は、会衆の奉仕委員のひとりとして長い経験を持っていました。
集会前後はしかめっ面で忙しく動き回って事務に追われ、会衆の仕事が終わったら家族を連れてさっさと帰宅するような兄弟です。

後から引っ越ししてきた調整者とそりが合わず、ことあるごとに反発していました。
奉仕で一緒に働く度に「長老団の集まりが多すぎる」やら「あのやり方は変だと思う」など、わたしに不平不満をこぼしていました。
やや視野が狭い傾向があり、協調性に欠ける兄弟ではありましたが、会衆外では非常に気立ての良い兄弟でした。

そんなある日、その兄弟が「長老として奉仕していない」との発表がありました。
会衆に向けて詳細は知らされませんでしたが、調整者によると「削除」だったようです。

特権を削除された後の兄弟は、今まで見たことがないほどに清々しい態度で成員に接するようになりました。
自分から積極的に挨拶する、年配の成員にも自分から近づく、注解も積極的に参加する…といった具合です。
(一方、長老団に自分から近づくことはなかったと記憶しています)

吹っ切れたのか、最初から特権を降りたかったのか、特権を再び捉えたいのか…兄弟の真意は不明です。

いま思い返してみれば、あれは空元気だったのでしょう。
短期間で老け込み、次第にふさぎ込んだ表情を見せるようになりました。
そして1年くらい経った頃、ご家族で巡回区外に引っ越しされました。

彼がその後どうなったか、わたしは知りません。
兄弟が平安な気持ちで毎日を過ごしていることを、今のわたしは願っています。


この経験を通してわたしが感じたのは、次のような点です。
・特権を失った直後は人が変わったように明るくなる
・やがて目的を見失ってしまうのか、意気消沈してしまう
・特権の有無は、人の生まれ持った性格を大きく変えてしまう

組織を「運営する」以上、誰かが指導的な立場に就く必要があるのは事実です。
しかし「人が人を支配する」ようなWT組織の取り決めは、人の傾向に逆らう不自然な規則であり、関わる人の人格を大きく「変革」してしまうのでしょうね。

#12 2015年09月07日 00:23:12

鬼太郎
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

ある会衆で性格的にかなり問題のある万年奉仕の僕S兄弟の例をあげます。
洗礼時は1973年 妻帯者のSさんは25歳でJWに、一年後に開拓 奉仕の僕 講演者。
ただし、このS兄弟の性格的な問題は、ユーモアのセンスと人を笑いものにすることの区別が
つかない、お年寄りなどはどうでもよいといった態度(いくら手を挙げても注解させない  )、
若い姉妹には必要以上になれなれしい、
霊的なことも茶化して面白くする、自身が注目されないと不機嫌になる、、。
夫婦そろって開拓奉仕を10年続けても長老の推薦無し。
Sの元研究生のほうが先に長老になり、ついには実の弟さんも長老に、、、。
これにはさすがに落ち込み、少し大人しくなり、、ついに長老に、、。
ところが、、長老になるや元の人格よりも最悪の傲慢さを露呈。
神権学校の監督の時には、奉仕の僕でもない洗礼1年のお気に入りの兄弟に第一の話を割り当てたり、、
結果として三年後には長老も開拓も降ろされました。
相当に落ち込み ふてくされてること数年、、、。
それでも奥さんと子供達もいるため組織にとどまりました。
それから10年経過、、、
だいぶ丸くなり、、良い兄弟となってました。
懲らしめが良い結果となった例です。
また、、結局相当な難ありの古い人格はどうにもならないという例でした。

#13 2015年09月07日 21:14:12

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

鬼太郎さん、こんばんは。
貴重な経験をシェアしてくださり、ありがとうございました。
聖書教育本来の目的である「人格を陶冶(とうや)する力」が、人格形成に正しく作用した好例だと思います。

わたしは常々、WT組織は男性が生まれ持つ「承認欲求」を、うまく利用しているのだと感じています。

たとえばバプテスマを受けた兄弟たちには牧者を目指すように促して、承認欲求を駆り立てます。
資格ある立場に就く兄弟たちには幾らかの「機密情報」にアクセスする特権を与えて、承認欲求を満足させます。
同時に、ことあるごとに特権の削除をちらつかせ、特権を失うことへの怖れを心の奥底に植え込みます。
典型的な「飴と鞭」による調教です。

そのようなWT組織の誤導によって、大なり小なり道を踏み外す牧者が存在します。
その結果、(鬼太郎さんの経験のように) 物事が正されることもあったことと思います。

多くのJWは「それこそエホバの導きであり、エホバの方法である」と擁護するでしょう。

しかしそれでは、誤った欲望を駆り立てて罪を犯させようとする、悪魔と同じではありませんか。
それがWT組織の施す「訓練」であり「精錬」であると言うならば、それはなんと人間的な訓練なのでしょう。

WT組織は、かつてのキリスト教世界と同じ轍を踏んでいると言わざるを得ません。

#14 2015年09月07日 23:56:53

東吾
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

皆さん お久しぶりです。
仕事は相変わらず忙しくROMだけで失礼していました。

モトシモベ さんの発言:

聖書教育本来の目的である「人格を陶冶(とうや)する力」が、人格形成に正しく作用した好例だと思います。

かねてより感じていたことですが 聖書は人格を変化させることが出来るだろうか 疑問でした。

鬼太郎さんの言われたS兄弟は おそらく聖書でなくても他の宗教本や哲学書、心理学やマナーブック 或いは実社会で痛い目に遭う、そういった経験からでも学べたのではないかと思うのです。

僕の会社の先輩たちや学生時代の恩師のなかにはJWより はるかに立派な尊敬できる人格者 多く存在していますから。

#15 2015年09月08日 00:09:59

東吾
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

東吾 さんの発言:

かねてより感じていたことですが 聖書は人格を変化させることが出来るだろうか 疑問でした。


モトシモベさん、すみません。追記です。

聖書も数多くある宗教本や哲学書の一冊に過ぎないのではないかと思ったものです。
聖書に人格を陶冶する力がないという意味ではありません。
ちょっと誤解される書き方をしてしまいました。^^)!

#16 2015年09月08日 00:15:23

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

東吾さん

こんばんは。

仰るとおり、聖書「だけ」で人格を変化させることは無理だと思います。
わたしは、人の存在を超越した人格的存在を崇敬する気持ちがなければ、いかなる教えも無価値だと考えています。
JWが定義するところの「信仰」に近いものですね。

どのような偉人であっても「尊敬の対象となる人物」がいるわけですから、それも一種の「信仰」と呼べるのではないでしょうか?

WT組織は信仰の対象を「神」から「組織」へと巧妙にすり替え、その指導を行う人たちを「牧者」と呼んでいるに過ぎません。
都合よく使われる中間管理職と同じです。

ちなみに…
JW内外を問わずに尊敬できる人がいますし、まったく尊敬できない人もいます。
あくまでも確率論的な問題だと、わたしは考えています。

#17 2015年09月08日 00:15:27

東吾
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

訂正です。

>会社の先輩たち ⇒ 先輩方

今夜は ちょっと飲みすぎたかな。<(_ _)>

#18 2015年09月08日 00:19:18

鬼太郎
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

モトシモベさん 東吾さん 返信と感想に感謝します。
S兄弟は、、元々が芸能界の人 どちらかと言えば お笑い系
例えれば、ビートたけしに牧師さんの役をやれというのと同じ、、。
JW組織の仕組みそのものに矛盾があることの証拠でした。
Sに長老になれというのは、、猫に向かって猫背を直せと謂うなものですから、、、。

では、、別の例 正反対の人物 S会衆の二十代半ばのW兄弟
彼は、、線の細い、誰からも好かれる好青年でした。奉仕の僕として模範でした。
普通の会衆 つまり先輩となる長老が三人以上いたならば、良い特質を発揮できたタイプ。
しかし、、、
問題は大雑把で単純思考 聖書盲信の巡回監督O兄弟でした。
このO監督は、会衆を分会させること、一人でも多くの長老・僕・開拓を任命すること、
必要の大きいところに移動させることが、自身の手柄と考える、古いタイプの監督でした。
そのため、S会衆を分会、さらに一人の長老を巡回監督コースともいえる特開に任命。

その結果として長老に任命されたばかりのWはいきなり百名超のS会衆を一人で監督する
ことになりました。このS会衆は、個性の強い五十代のN長老が長年監督していたため、、、
線の細い好青年のWにとっては、負担が大きすぎました。
結局、、、W兄弟は、二年後、疲れ果てて、自ら長老を降りました。
多くの成員は彼に同情しました。
W曰く、『負担でした、、でも、今はほっとしています』
長老を降りた後のほうが、成員から愛されていました。
彼の場合は、巡回監督Oの被害者です。
二十年も巡回を続けたOもその後降ろされました。
皆さんJW組織の被害者ですよね。

#19 2015年09月08日 00:20:05

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

東吾さん

細かい言葉の端々は訂正不要です。
重箱の隅をつつくように揚げ足を取ったりしませんので、どうぞご安心ください (笑)

#20 2015年09月08日 12:42:52

東吾
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

モトシモベさん、鬼太郎さん
昼飯PCの前で食べてます。^^!

僕は初めから奉仕報告制度については 納得いきませんでしたね。

信者たちを数字で競わせているじゃないですか。

純粋な気持ちで聖書を読んでみたい 或いは心の安らぎを求めて王国会館に誘われてくる人たちを、あっという間に保険会社のセールスのように仕立ててしまいますよね。うまいこと言って。

詐欺だと思いましたよ。
バプったら最後、特権、特権と。
何だ こりゃあで、一目散に逃げました。笑。

#21 2015年09月08日 13:01:27

ゆみ
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

東吾さん、お久しぶりです。てか、私もここは久しぶり。

あたしも、JWでない人々のほうが尊敬できる人が多いです。

JWでは逆に一人くらいしかいませんでした。
あたしは世でのほうが人間関係もいいですし。

何なんでしょうかね、あの組織。

特権のためだけに頑張ってる姉妹ばかりがあたしの会衆にいます。
特権持ってる人を妬んだり、虐めたり。

普通の組織より野心に満ちています。

謙遜だと損します。あの組織。

#22 2015年09月08日 14:11:42

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

トピックに沿った良識ある投稿は歓迎いたします。

お返事はまた後ほど行います。

取り急ぎ…

#23 2015年09月08日 18:24:19

鬼太郎
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

JW組織は、時として人格を悪いほうに歪めることがあります。
その最たる理由は、、特権意識 僕 そして長老を目指す出世競争。
さらに、、長老になると、今度は成員に対する奉仕や特権競争への励まし、、、。
それが無理な要求でも、ともかく押し通す 人間性が歪みます。
抽象的なので具体例をあげます。
日本のトップクラスの有名大学の付属高校生徒のJWがいました。
そのまま百%トップの有名私大に進学できました。
ところが、、、
会衆のY主宰は、、何が何でも進学を阻止するため圧力を加えました。
その結果、進学断念、、、。
しかし、そのYは昔は素直で線の細い、遠慮がちな好青年だったそうです。
1970年代の初め、Yは24歳で長老になり、それからはべテル長老の圧力、
巡回からの圧力で、何が何でも成員を開拓に駆り立てるようになりました。
全ては組織の提案、そして自身は大会の特権が生きがい。
成員がどれほど苦しくても平気、、、。
人間性が歪んだ例です。

#24 2015年09月08日 19:44:18

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

こんばんは。

ゆみ さんの発言:

あたしも、JWでない人々のほうが尊敬できる人が多いです。

JWでは逆に一人くらいしかいませんでした。


東吾さん宛に昨夜も書いたように、尊敬できる人の大小は、あくまでも「確率論的な問題」です。

あえて人を「尊敬できる人」と「尊敬できない人」の二極に分類するなら、JW内外を問わずに同じ比率で存在していると思います。
サンプルの母体となる人間集団が同じである以上、この事実を疑う余地はありません。

もし「心から尊敬できる」と感じるJWの絶対数が少ないと感じるのなら、それはきっと、ゆみさんが交わったJWの絶対数が少ないためでしょう。

少なく見積もっても4桁近い人数のJWと、それなりに長く深く交わってきたわたしにとって、霊的人格者であると明言できるJWの名前を数十名まで挙げることが可能です。
(その確率が低いことは、この数字からご理解いただけると思います)

#25 2015年09月08日 19:47:34

モトシモベ
ゲストユーザー

Re: 特権を降りるJWの考え方と、特権の中毒性について

こんばんは。

東吾 さんの発言:

信者たちを数字で競わせているじゃないですか。

純粋な気持ちで聖書を読んでみたい 或いは心の安らぎを求めて王国会館に誘われてくる人たちを、あっという間に保険会社のセールスのように仕立ててしまいますよね。うまいこと言って。

この問題の本質を正しく理解するためには、「WT組織がどのように牧者を任命するか」その背景を考えることが助けになるかもしれません。

WT組織の主張によると、任命を行う基準は高い「霊的特質」です。
しかし実際のところ、WT組織が測る霊性の高さは「数字」で評価されるものばかりです。

東吾さんが指摘されたように、奉仕報告の数字は分かりやすい指標のひとつです。
たとえば牧羊訪問を行う前には伝道者カードの記録が調べられ、牧羊で扱う内容が吟味されます。
その同じ基準に従って「霊性の高い男子」が選定され、「WT組織の指示に忠実な男子」が優先的に推薦を受けます。
そのようにして任命された牧者の資質は推して知るべし。資格の有無について語るレベルにすら達していません。

そのように煎じ詰めて考えると…
数字至上主義のWT組織が構築した教育プログラムと評価システムの欠陥こそ、「悪徳牧者」を生み出してしまう最大の要因となっていると、わたしは結論しています。


追伸:
ここを読んでいるかもしれない、まだ見ぬ兄弟たちへ

任命された謙遜な兄弟は、良心的かつ精力的に会衆の益を求めて奔走していることでしょう。
そのような兄弟のことを、わたしは心から尊敬しています。

一握りの「悪徳牧者」による圧政の下で苦しむのも、そのような兄弟です。
そのリアルな現状を見聞きする度に、わたしは胸が締め付けられるような思いがするのです。

同時に、その良い動機をねじ曲げて隷属させようとするWT組織の卑劣な手口の数々に、わたしは筆舌に尽くしがたい憤りを感じています。

どうぞご自分を、もっと大切になさってください。

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