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#101 2016年06月15日 18:02:39

ジョエル
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

詩編91編 七十年は平均的な人の生涯...ひと世代を表すのに使われている

イザヤ23章 ティルスは「一人の王の日数と同じく」、必ず七十年間忘れられる

ティルスが攻囲されたのはエルサレム陥落後、しかも何年にも及びました。も塔はこの七十年は厳密な長さではなく、新バビロニア王朝の最盛期を大まかに示す...1914が絡まなければ歴史と照らし合わせて無理のない説明をします。


エレミヤ29章 バビロンで?バビロンに対する?七十年が満ちるにつれて注意を向ける...これは第二次捕囚より前にバビロンに移された者たちに対する言葉です。ダニエルのような第一次流刑者の捕囚期間と「バビロン最盛期の七十年」はほぼ重なるようですが、第二次捕囚を前607年にするとおかしなことになりますね。


エレミヤ27章 エレミヤはバビロン側への従属を勧告した預言者です。この七十年は「神の僕」であるバビロンに諸国が仕えるべく与えられた期間、それが満ちるまではバビロンのくびきを負いなさい、反抗すれば攻めてくるよ...初めから荒廃ありきの、しかも厳密な七十年ではありません。事実、バビロンに仕える期間の長さ、その度合いは民族によってまちまちで(も塔も認めている)、被征服諸民族に寛容だったキュロスが解放したのもユダヤ人だけではありません。


ダニエル9章 彼はエレミヤを基に語っているのですから、そこの一節だけでなく↑のような流れを考慮すべきです。ゼデキヤがエジプト側と組んでバビロンに反抗して起きた第二次捕囚は大規模だったとはいえ、それが最後の流刑ではありません(エレミヤ52章)。


ゼカリヤ1章と7章 ゼカリヤはゼルバベルとヨシュアによるユダヤ新時代への期待を鼓舞した預言者です。この書での七十年はエルサレムとユダの諸都市が糾弾された期間、そのことで民が断食を続けた期間とされています。


どこをどうとっても、厳密にきっかり70年でないと気が済まないような次元で書かれているものではないですね

#102 2016年06月15日 21:16:17

yangmask
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

すみません、リンク先が抜けてましたね。改めて、こちらです。

https://sites.google.com/site/jwbibleprophesy/607nen

それから、ラハムさんの言う2年差に関する説明はこちらです。

https://sites.google.com/site/jwbibleprophesy/537nen

#103 2016年06月16日 14:44:26

ラハム
メンバー

Re: 聖書のみで607年は覆る

ヤングさん、リンク先を知らせてくださり、
ありがとうございました。参考になりました。

正直言うと、70年に関する議論はすべて読んでいましたが、
ここでジョエルさんの説明を聞くまでは。
エルサレム荒廃期間の70年とバビロンへの隷属期間
70年が別物であるということが
はっきり理解できていませんでした。
皆さんの説明を読むことができ、よかったです。

これら二つの表現ですが、ものみの塔は
新世界訳聖書の改ざんをしていたようです。
これはJWICから閲覧できる
「カール・オロフ・ジョンソン著 村本治・抄訳」
「異邦人の時・再考」第五章に記載されています。
http://www.jwic.info/gentim_3.htm
わたしはこれを脱塔前に読み、
自分が長いこと心に秘めてきた推測の正しさを確認し、
脱塔する大きな助けになりました。

ヤングさんの論文で、空白の二年を説明していました。
その説明はそれで道理に合っているようにわたしは思います。
しかし、わたしが#97で説明したのと同じように
単なる推測にすぎないと思います。
組織の出版物でもヤングさんと同じような説明を
読んだ記憶があるのですが、それがどこにあるのか
思い出せないでいます。
おそらく、この空白期間は聖書からはっきりさせることは
できないだろうと思います。ヤングさんがご自分の説明で
納得しているように、わたしは自分の説明で、
十分だろうと思っているのです。

わたしが組織を離れる理由の一つとして、
自分の心の中を整理するために#97を書きました。
わたしがJWを信じることを捨てたのは、
ほかにいくつも正当な理由がありますから、
何か特別な事情が現れない限り、
607年に関する議論の参加はここまでにしようと思います。

オフライン

#104 2016年06月16日 17:42:28

ジョエル
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

あ、訂正します。

エホヤキム王政第3年(BC605)にバビロンに移されたダニエルを第一次捕囚とするなら、BC587は第三次です。BC597のエルサレム侵攻を第一次捕囚とする場合が多いようです。

BC587以前にバビロンに大人しく連行された流刑者は「早なりの良いいちじく」(エレミヤ24章)で、彼らに対しては時(七十年)が満ちるまでそこに平安に住むように、と書き送っています(エレミヤ29章)。そして25章でも「七十年が満ちた時にバビロンに言い開きを求める」と言っています。


元のエレミヤを読めば荒廃ありきの従属ではないのは明白です。といっても完全に別物、というよりユダの荒廃はバビロンの七十年に含まれている、と自分は考えます。それぞれの被征服民族が新バビロニア王朝に支配される実際の期間はまちまち(ユダヤ人が流刑にされたタイミングもまちまち)ですから、その七十年にはバビロンへの従属のくびきを断ち切ったことによるエルサレムと諸都市の荒廃も含まれています。

エレミヤのメッセージは周辺諸民族に誘われてバビロンに逆らうな、この七十年はあいつらもまとめて従属することになる、というものです。そのバビロンの七十年が満ちるとき、諸民族の流刑(ユダヤ人含む)と荒廃も満了、というか終了する(解放に付随していずれ生じる)ことになります。

後代のダニエルやエズラの関心は自民族のことですから、荒廃の間は安息を守って「エレミヤの七十年」を満了=バビロンの言い開きとそれほどタイミングを違えずに終了する(した)、とするのはごく自然です。


このサイト含め、エレミヤとゼカリヤの七十年を別物とするのは解釈の1つと思います(書かれた時代も異なるし、ゼカリヤからエレミヤへの言及はない)。いずれにしても、イザヤ、エレミヤ、ゼカリヤなど、七十年、という表現は幾つもの箇所で、一人の王の日数のように、ひとつの世代(時代)、大まかな期間を示唆するものとして使われています。ユダヤ人の第二次捕囚だけ引っ張り出して、それが歴史年表上、厳密にきっかり70年だとは聖書からも読み取れません。

#105 2016年06月17日 00:04:33

キーボード
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

キーボードです。
お返事がいつも遅くて申し訳ありません。

いつの間にか一気に書き込みが増え、情報量も雪だるま式に増加しているように感じています。
特に、エルサレムの荒廃に関連する「70年」が時間的厳密性を問うべきものではないとして、それを説明するための聖句・資料等を豊富に例示していただきました。ありがとうございます。いずれも大変参考になるものだと思います。
yangmaskさんのコメント中にあるリンク先にもデータバンクのように資料がよく整理されているようですので、後ほど目を通させていただきます。

エルサレムの荒廃に関連する預言を考察するとき、キーとなる聖句はやはりダニエル書の第9章だと思います。

(ダニエル9:2)
その統治の第一年に,わたしダニエルは,エルサレムの荒廃が満了するまでの年の数を幾つかの書によって知った。


ここでダニエルは、「~までの年の数」と述べています。この「~までの年の数」という語句からは、10年ぐらいのうちのどこかで起きるだろうという時間的に曖昧な意図は感じられず、むしろ具体的に「年の数」すなわち年単位で厳密に知ったということを強く示唆しているように思います。
さらに、同じ第9章はその後、メシアの到来に関する預言へと連続的につながっているわけですが、それは主イエス・キリストに関連して年単位で厳密に説明がついていたと記憶しています。
ダニエル書の預言で、かたや時間的厳密性は無視してもよく、一方では厳密性が担保されているというのは預言の解釈として一貫性に欠けるのではないでしょうか。

本トピックの主はガリレオさんですが、ガリレオさんの身内の方は、こういった随所に曖昧さの残る説明で本当に納得されたのでしょうか?気になるところであります。

#106 2016年06月17日 01:01:36

カレブ
Administrator

Re: 聖書のみで607年は覆る

キーボードさん

(ダニエル9:2)
その統治の第一年に,わたしダニエルは,エルサレムの荒廃が満了するまでの年の数を幾つかの書によって知った。

では質問ですが
エレミヤ書は現存しているわけですから、ダニエル書が指摘している「エレミヤの書」がどの節だか指摘できるはずです。

ダニエルが参照している聖句はエレミヤ書のどこですか?
そして、そこには七十年のことがどのように説明されていますか?

さらに 関連するエレミヤ書とダニエル書の以下の聖句と比較してみてください。

(エレミヤ 25:11) そして,この地はみな必ず荒れ廃れた所,驚きの的となり,これらの諸国の民は七十年の間バビロンの王に仕えなければならない」』。

(エレミヤ 25:12) 「『そして,七十年が満ちたとき,わたしはバビロンの王とその国民に対して言い開きを求めることになる』と,エホバはお告げになる,『彼らのとがを,カルデア人の地に対してである。わたしはそれを定めのない時に至るまで荒れ果てた所とする。

(ダニエル 5:26) 「この語の解き明かしはこうです。メネ,神はあなたの王国[の日数]を数えて,それを終わらせた。

聖句をトータルで考えれば、七十年はバビロンの王に与えられた年数であると判断できます。
そして、その七十年の預言のおかげで「エルサレム」も含めてユダヤ地方が解放される時が近づいていることを理解できたということを示しています。


新共同訳 9:2 「さて、わたしダニエルは文書を読んでいて、エルサレムの荒廃の時が終わるまでには、主が預言者エレミヤに告げられたように七十年という年数のあることを悟った。 」

1世紀のクリスチャンが読んでいた「七十人訳」も
「エルサレムの荒廃が完了するための”七十年”という年数が預言者エレミヤに与えられた主のみ言葉の書によってあることをダニエルは理解した。」
となっています。

LXX(英語訳) 9:2 I Daniel understood by the books the number of the years which was the word of the Lord to the prophet Jeremias, [even] seventy years for the accomplishment of the desolation of Jerusalem.

エホバの証人は、この七十年を「エルサレムのみに」関連付けようとしますが、
聖書全体はそのような結論を出していないのです。さらに「七十年」という表現自体もいつでも厳密な年数としては使われてもいません。

キーボードさんの以下の指摘も
「さらに、同じ第9章はその後、メシアの到来に関する預言へと連続的につながっているわけですが、それは主イエス・キリストに関連して年単位で厳密に説明がついていたと記憶しています。」

実は、この点も ものみの塔は歴史の事実を曲げて主張している部分です。
長年嘘の年代を使ってきたのですが
わりと最近の ものみの塔に「実は間違ってました」みたいなことをさりげなく告白しています。

http://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/2014127

ものみの塔は こんなものです。

ちなみに 嘘の年代を使ってきたのは 一般の教会では見当たらなく、検索すると ものみの塔ばかりの資料が出てきます。

ちなみに「メシアの到来に関する預言」の 協会の偽りの年代は すでに数十年前からカール・オルフ・ジョンソンによって指摘されてきました。

カール・オルフ・ジョンソンは西暦607年の協会の嘘の年代についても指摘している人です。

オフライン

#107 2016年06月17日 14:01:36

yangmask
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

先に挙げたリンク先でも述べていますが、エレミヤ書を、ダニエル自身が「エルサレムの荒廃の時が終わるまで」という期間と関連付けているのですから、後代の私たちが改めて「七十年はバビロンの王に与えられた年数」という新解釈を述べても仕方がありませんね。聖書そのもの(ダニエル書)が、そういう意味だと言っているわけですから。

それに、ダニエルの祈りを読んでも、その主な関心がエルサレムにおける神殿の状態にこそあったことは明白です。彼はバビロンの支配の存続云々を気にかけていたのではありません。それは歴代第二を書いたエズラも同様です。

その点を踏まえると、「エレミヤの70年」は、エルサレムの神殿における神への崇拝が中断された期間であると判断できます。その中断からの回復こそが、ダニエルとエズラの関心事であり、それゆえに、彼らの指す「70年」とはその期間のことであるはずです。それは、エルサレム消失で始まり、ユダヤ人帰還により崇拝が再開された時までの期間です。

★ダニエルはなぜ預言を調べていたのか?  彼の関心事、知りたかったことは何か? 
★上記より、ダニエルの指す「70年」とはどの期間のことだと言えるのか?
★本当に、ダニエルとは異なるエレミヤ書についての新解釈を立てる必要があるのか?

#108 2016年06月17日 14:55:54

takkun
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

キーボードさん

(ダニエル9:2)
その統治の第一年に,わたしダニエルは,エルサレムの荒廃が満了するまでの年の数を幾つかの書によって知った。

なぜダニエルは統治の第一年に”知った”のですか?
BC609のエルサレムの滅びも70年の預言も知っていたのなら、バビロン倒壊前にもわかっていたのではありませんか?

口語訳では、
エルサレムの荒廃の終るまでに経ねばならぬ年の数は七十年であることを、文書によって悟った。
とありこれが一番しっくりくる訳し方であると思います。

ダニエルはエレミヤの70年が、文字通りなのかアバウトなのかわからなかった。
(そもそも諸国民が仕え始めたと言える開始年もはっきりわからなかったかもしれません。)
しかし、今バビロンが倒壊したことによりエレミヤの70年が真実であることを悟った。
(文字通りかアバウトかは正直どっちでもいいと思います。なぜならイザヤの70年のように文字通りでないからと言って神の言葉が間違っていることにはならないからです。この点において、神の言葉が間違っていることになるなら白黒つけるべきと思いますが。)

そして、70年の後エホバを求めるならエホバは帰らせてくださるとおっしゃっている。
それでわたしは自分の顔を[まことの]神*エホバ*に向けた+。祈り+と懇願により,断食と粗布と灰のうちにあって+[神]を求めるためであった。(ダニエル9:3)

というのが自然と思います。

ひとつの聖句を根拠にするのは危険です。イエス(言葉)=エホバ(神)になってしまうからです。
ダニエルが読んだとされる、エレミヤ書から答えがでませんか?

エレミヤ25:12 70年が”満ちた”とき、エホバは何をすると言われましたか?
そのことから、70年は何を持って終了したと言えますか?

エレミヤ29:10 70年が満ちるにつれて、わたしはあなた方に注意を向ける
他の複数の訳では70年が満ちた後(after 70 years)としているのに、新世界訳は満ちるにつれてと訳していますが読者にどう思わせたいからですか?

エレミヤ29:12-14
他の複数の訳ではな70年が満ちた後、祈り求める”なら”わたしは聞く、と条件を付けて帰還を約束しているの対し、新世界訳は祈り求める”ので”わたしは聞く、と条件を消しているのは何かしらの意図を感じます。
70年が終わるまでに帰還させないといけないし、祈り求めるの?祈り求めないの?とかやってる時間的余裕がないんですよね。

他の訳も読んでみるとより理解が深まると思いますよ。

#109 2016年06月17日 14:57:29

ジョエル
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

新解釈ではなくて、エレミヤがそうはっきり言っているんですが(汗

「諸国の民」が七十年仕えることになる、その七十年が満ちたとき「バビロン」に言い開きを求めると(25章)

荒廃は警告で、その勧告(エレミヤ27章)に従わずにバビロンのくびきを断ったから予告通り攻めてきた

エレミヤ29章の七十年はまだ始まっていないのに初期の流刑者たちに語ったんでしょうか。これから始まる「エルサレム荒廃」のきっかり70年後に連れ戻すとは言っていません。

曖昧な点はどこにもありません

「エルサレムが荒廃している期間」がきっかり70年だと、ダニエルはエレミヤのどこからどうやって読み取ったのでしょうか



彼の関心はエルサレムの復興なので、エレミヤの七十年(バビロン支配)が満ちることをエルサレムの荒廃が終了することに適用した、のはごく自然です

その七十年が満ちるなら祖国に連れ戻す、とエレミヤに書いてありますから

一心にわたしを尋ね求めるなら(29章口語訳)、だからあなたを求めます、遅れずに行動してください(バビロンが陥落したのだから復興も近いはず)と祈っているんですよね

ダニエル9:2の言葉遣いだけにとらわれずに、文脈や背景、他の聖句との関連を見ることは大切です

#110 2016年06月17日 15:15:45

ガリレオくん
メンバー

Re: 聖書のみで607年は覆る

キーボード さんの発言:

本トピックの主はガリレオさんですが、ガリレオさんの身内の方は、こういった随所に曖昧さの残る説明で本当に納得されたのでしょうか?気になるところであります。

身内はまだ納得してませんよ(^_-)-☆突き詰めて答えを出すまでもありませんでした。
組織に忠実に、指示してある通りに動いたにもかかわらず、会衆の一長老に保菌者扱いされたのがきっかけで(ちなみに病原菌はモチロン私 devil ですが)つまづいて♡晴れて脱塔に至ります。後日謝罪に来られましたが後の祭りというやつですね cool 私としては結果オーライなので感謝感謝でございます、成員を顧みる大変なお仕事お疲れ様でございます angel

編集者 ガリレオくん (2016年06月17日 16:25:36)

オフライン

#111 2016年06月17日 15:19:39

閲覧者
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

ヤンマス師 結論ありきで屁理屈こね回し

#112 2016年06月17日 15:59:27

yangmask
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

>新解釈ではなくて、エレミヤがそうはっきり言っているんですが(汗

はい。ですから、そのエレミヤの記述をダニエルがどう解釈したのか?ということが重要な点ですね。つまり、エレミヤ書を読んだ結果、ダニエルが出した解釈と同じように、私たちも解釈するべきだということです。

ダニエルにしても、エズラにしても、バビロンの支配期間のことなどには全く触れておらず、むしろ、エルサレムでの崇拝の回復にこそ注意を向けていますね。ですから、カール・オルフ・ジョンソン氏のように、エレミヤの70年をバビロンの支配期間と結びつけるのは、ダニエル・エズラとは異なる「新解釈」だと言えるわけです。

ーーーーー

結局、この問題は、聖書が70年と述べているのに、考古学が50年と主張しているところから始まっていますね。考古学の現在の理解が未来永劫決して変わることのない絶対的な真理であるかのように考えるから、カール・オルフ・ジョンソン氏のように、日和って聖書の解釈を曲げようとするのだと思います。

聖書を素直に読めば、「エルサレムの回復までに70年」というのが普通に出せる結論だと思いますよ。ただ考古学と辻褄を合わせようとするから、新解釈を持ち出しているというだけで・・・。

#113 2016年06月17日 16:26:48

digipino2
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

ヤンマス、
逝ってよしw

てか、まだ生きてたのか。

#114 2016年06月17日 17:31:27

ガリレオくん
メンバー

Re: 聖書のみで607年は覆る

申し訳ありませんがここでフルボッコはやめましょう。個人を攻撃せず対話?を望みます。
ヤングさんダニエル9章を読み直しました。出てきた私の答えは「エホバはダニエルの訴えた内容についてはここで何も述べていない」です。ダニエルにメシアに関する預言を伝えただけでした。

ヤング さんの発言:

つまり、エレミヤ書を読んだ結果、ダニエルが出した解釈と同じように、私たちも解釈するべきだということです。

これだと画一的な理解しか出ませんよ?WTと同じです。

ヤング さんの発言:

ダニエルの祈りを読んでも、その主な関心がエルサレムにおける神殿の状態にこそあったことは明白です。

この時ってまだ荒廃中ですよね?だからそれから20年もさらに断食続けてました。WTがどれだけ寿命伸ばしても、さすがにこの時まではダニエルは生きてなかったでしょうね?
ゼカリヤ7章では荒廃が続いていたので断食していたことが書かれています。

さらに,王ダリウス+の第四年,第九の月[つまり]キスレウ*+の四[日]に,エホバの言葉がゼカリヤに臨んだ。2 そのためベテルは,エホバの顔を和めようとして+,シャルエツェル,およびレゲム・メレクとその配下の人々*を送り,3 万軍のエホバの家に属する祭司たち+,また預言者たちに語ってこう言った。「わたしは,これまで,ああ幾年になるでしょうか,ずっとしてきましたように+,第五の+月に物断ちを行なって*泣き悲しむべきでしょうか」。
4 すると,万軍のエホバの言葉が引き続きわたしに臨んでこう言った。5 「この地のすべての民*また祭司たちに言うように,『第五の[月]また第七の+[月]にあなた方が断食を行なって+泣き叫んだ時,しかもそれは七十年に及んだが+,[その時]あなた方は,本当にわたしに,このわたしに対して断食を行なったのか+。

なのでダニエルが当時「70年」を知ったのでその時が解放の時だとすると、ゼカリヤの言葉とは矛盾が生じます。そこはどう帳尻を合わせますか?
ヤングさん、お答えください。

オフライン

#115 2016年06月17日 17:31:56

takkun
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

ヤングマスクさん

おっしゃるとおり、ダニエルを素直に読めば「エルサレムの回復までに70年」と読めますよ。
そして、エレミヤを素直に読めば「諸国民がバビロンに従属する70年」と読めます。

この違いをどのように判断するかだと思います。
この掲示板を活用される大多数の方は、ダニエルが読んだ元を見ればわかると言われますし、
ヤングマスクさんは、新しい(啓発を受けたダニエルが書いた)方を見るべきだ、と言われるのだと思います。
どちらにも理があり、どっちをとったとしても聖書の解釈を曲げたことにならないと思います。
まずこのことに対して意見をいただけますか?

どちらでも聖書と整合がとれるとなれば、あとは何を助けとするかです。
圧倒的な考古学(歴史学、天文学)の証拠 →BC587滅び →エレミヤの70年解釈
エホバの証人の統治体 →BC607滅び →ダニエルの70年解釈
統治体は(正しいかは置いといて)BC587にすると聖書と整合性がとれないと言いますがそういうことはないのです。

つまり、聖書を信じるか考古学を信じるかではなく、統治体を信じるか考古学を信じるかです。

違いますか?

#116 2016年06月17日 18:36:54

ジョエル
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

本題からそれますが、ダニエル七十週のWT解釈変更について
(カレブさん引用のも2014年2月15日より)

それを基にメシア到来を期待したユダヤ人もいなかった、そして事後にも、それを「イエスが地上に来られたこと」(生誕や洗礼のタイミング)に適用した新約筆者は一人もいないと、さらりと認めています

その記事にあるように、キリスト直近に存在し、大量のユダヤ教文献を保管・研究しつつメシアを期待した敬虔な一派も七十週に言及していないという、死海文書の発見、公開、研究が進んだ影響もあるのかもしれません


起点をBC457に置いたり、年数ではなく日数計算したり、何とか何かに近づけようとする人もいますが、も塔の年代を使っている人は確かに見つかりませんでした


も塔が今後、日和るのか(笑)どうするか知りませんが、七十週の「現在の理解」を知りたい方は~、といずれ調整する可能性も含ませてトーンダウンしてますね

#117 2016年06月17日 18:39:32

yangmask
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

★takkunさん。

そうですね。では、その2つの解釈はどこに源があるでしょうか。つまり、エレミヤ書の解釈ですね。

・「エルサレムの回復までに70年」は預言者ダニエルによる(エレミヤ書の)解釈。
・「諸国民がバビロンに従属する70年」はジョンソン氏による解釈。

前者をダニエル派、後者をジョンソン派と呼びましょうか。そして、C・T・ラッセルはダニエル派の考えを採用し、現行の統治体はそれを継承しているということだと思います。

私は圧倒的に、預言者ダニエルによるエレミヤ書の解釈を支持すべきだと考えています。その点は、歴代第二の筆者であるエズラも同意するはずです。

ーーーーー

★ガリレオくん。

ゼカリヤの聖句については、
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n299149
の「③その他の疑問に答える ゼカリヤ書の70年をどう解釈すべきか?」の部分をお読みいただければと思います。

#118 2016年06月17日 19:54:04

ガリレオくん
メンバー

Re: 聖書のみで607年は覆る

ざっと見ました。「過去に起きた70年のことに言及している」でいいですね?では帰還した民はその後20年間無駄な断食をしたということになるのでしょうか?エホバもそれを20年も放置して?しかもエホバに対してはとりわけ意味のなかった20年間の断食については触れることさえなく、過去の70年の断食が不誠実だったと突っ込まれる始末。20年以上前の出来事を蒸し返して。

・・ということを言っていることになりますが異論ありませんか?コメントお願いしますm(__)m

オフライン

#119 2016年06月17日 20:41:56

ガリレオくん
メンバー

Re: 聖書のみで607年は覆る

もう一点。ゼカリヤ7章もう一度見ます

さらに,王ダリウス+の第四年,第九の月[つまり]キスレウ*+の四[日]に,エホバの言葉がゼカリヤに臨んだ。2 そのためベテルは,エホバの顔を和めようとして+,シャルエツェル,およびレゲム・メレクとその配下の人々*を送り,3 万軍のエホバの家に属する祭司たち+,また預言者たちに語ってこう言った。「わたしは,これまで,ああ幾年になるでしょうか,ずっとしてきましたように+,第五の+月に物断ちを行なって*泣き悲しむべきでしょうか」。

ダリウスの第4年、前518年にベテルから代表者を送り出して彼らが「これまでずっとしてきた」と言っていますよね。「これまで」「ずっと」ということは当時リアルタイム?で継続中だった訳ですよね?だったらエホバの返事は「90年」とならなかったのはなぜですか?断食は荒廃後20年目から始められたということですか?
以上、前記も含めてヤングさんご回答お願いします。

オフライン

#120 2016年06月17日 21:14:27

あのう
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

あのう〜。
ヤングさんとは、
まともな話し合いができないかと思われます。

せっかくの会議も、
無駄になるような気が。

できるだけスタディを
有意義にしてほしいのですが。

てか、ヤングさん、
何故くるのですか。

自分の掲示板があるのですから、そこに行かれては?

スタディではあなたは決して歓迎されていないのですから。
はっきり言って、目くそ鼻くそですよ。

#121 2016年06月17日 22:22:59

ガリレオくん
メンバー

Re: 聖書のみで607年は覆る

あのうさんお気遣いありがとうございます、ヤングさんについてのこれまでの一連のやり取りはあえて見ないようにしてきましたので話し合いになる・ならないは私には分かりません。ただヤングさんがいらした以上はここでは公平に接したいと思いますのでこのまま続行します。見解が分かればそれで( ・∀・)b OK!ですので。それはそれで他の読者にも公になりますから何かしらの収穫はあると思います。

オフライン

#122 2016年06月17日 22:29:19

あのう
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

ガリレオさん。
はい、できるだけ有意義に。
でも、会話にならないなら、無視のほうがいいと思われます。

ヤングさんの一連のやり取りの場合、
情報の正確性がはっきりしない、または、あてにならないことも多数ありましたので、あまり信頼しないほうがいいです。
でも、ガリレオさんにお任せします。

できるだけ有意義になりますよう、願っています。

#123 2016年06月18日 01:38:46

yangmask
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

ガリレオくん。

公平な対応をうれしく思います。

ーーーーー

>では帰還した民はその後20年間無駄な断食をしたということになるのでしょうか?エホバもそれを20年も放置して?


はい。ですから民も「もうそろそろ止めましょうか?」という意味で「(これ以後も)泣き悲しむべきでしょうか」と尋ねに来たのだと思いますよ。つまり、帰還民は、解放と帰還により自由と自分たちの住まいとを取り戻したので、喜びと活気を取り戻していたようですね。エズラ記には神殿の土台を据えた際に、民が大いに喜んだことがエズラ3章に記録されています。

例えると、戦後すぐの日本のような感じですね。1945年に終戦で、早くも1964年には東京オリンピックが開かれるほどに復興していました。そして、高度成長の波に乗って猛烈社員たちが栄養ドリンクを飲みつつ24時間戦っているような、そういう爆発的に活気のある時代でした。とはいえ、日本でも毎年毎年、原爆記念日や終戦記念日には、やはり涙を流してもきました。

ユダヤの帰還民たちの場合、都市の破壊と多くの人たちの死という経験は、もう90年も昔の話であり、その場にいたほとんどの新しい世代の知らない、そういう時期でした。ですから、そうですね、この日本が今後もう何十年も平和が続いたとして、例えば、終戦後100年以上も経って、戦争に行った世代がいなくなるころ、「そろそろ区切りもよいし、これをもって毎年恒例の記念日はおしまいにしましょうか?」と言い出すようなものかと思います。たとえそうなったとしても、これまでの記念日が無駄だったというわけではありませんよね?

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>しかもエホバに対してはとりわけ意味のなかった20年間の断食については触れることさえなく、過去の70年の断食が不誠実だったと突っ込まれる始末。20年以上前の出来事を蒸し返して。


ゼカリヤ7:5の「しかもそれは七十年に及んだが」については、上記で述べたように、帰還民は帰還によりエホバ神の許し、解放、自由、土地の再取得、復興、そして喜びとを経験していたので、それ以前のバビロンに幽閉され、捕囚民・奴隷扱いをされていた卑しい身分の頃とは環境が全く異なるという点に注目してください。

つまり、解放後の断食は、いわば記念日的なものとなっていたということです。だから、「もう止めましょうか?」と言い出したわけですよね。

ですから、本当の意味で嘆き悲しみつつ断食をし、エホバに切に許しを乞うていたのは、バビロンにいた70年間の時期だけです。ところが、その70年間の断食でさえも心構えとしてはエホバの目には不十分で、そのような形式崇拝ではなく、預言者を通して語られるエホバの言葉にこそ従うべきであることを諭しているのだと思います。

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★つまり、解放前と解放後のユダヤ人の身分や心境には、明らかにとても大きな変化があり、ゆえに、それらを連続的なものとみなすのは不自然だということですね。それは、日本でも戦前・戦中と戦後とでは時代が異なると認識されているのと同じことだと思います。

①バビロンでの捕囚期間。悲嘆しつつ断食。70年。
②解放、帰還後。記念日的な断食。20年。

ということですね。

#124 2016年06月18日 06:45:33

ガリレオくん
メンバー

Re: 聖書のみで607年は覆る

ヤングさんの見解分かりましたコメントありがとうございます。断食は90年間やっていたということですね?

代表者:「これまで,ああ幾年になるでしょうか,ずっとしてきましたように+,第五の+月に物断ちを行なって*泣き悲しむべきでしょうか」

これに対応する答えとして、

エホバ:「第五の[月]また第七の+[月]にあなた方が断食を行なって+泣き叫んだ時,しかもそれは七十年に及んだ」

問題です、断食は何年間行われていたでしょうか?「70年」、ブー!「90年」でした~ cool

会話を聞いていて答えが90年と知ると「なんだ~引っかけか~」では済まず、「なんでやねん!」という反応が返ってくるであろう問題になりそうですね big_smile

ヤング さんの発言:

解放前と解放後のユダヤ人の身分や心境には、明らかにとても大きな変化があり、ゆえに、それらを連続的なものとみなすのは不自然だということですね。

私としてはエホバが「90年」や「70年と20年」と言わなかったことについての疑問が残りますが、ヤングさんの中で他の聖句とも整合性が取れていて納得されている聖句なのでしたら了解です。ヤングさんの解釈に筋が通っているのかどうかは、やり取りをご覧になっておられる読者の皆さんにご判断をお任せします。

オフライン

#125 2016年06月18日 07:16:23

あのう
ゲストユーザー

Re: 聖書のみで607年は覆る

やっぱヤンマスの見解はどこかおかしいね。

あまりあてにならないから用心深く読むべきだね。

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