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トピックレビュー(最新表示)

ラハム
2017年11月14日 15:15:08

#682の続きです。
第三章 「神学プロレゴメナ」について
「人間が世界を認識するための枠組み」です。
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rCQmvKOMJqjfaWTf

ラハム
2017年11月03日 13:07:34

#679の続きです。
第三章 「神学プロレゴメナ」について
「歴史・物語に焦点を当て、複合的に」です。
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rCbk7zSNb3ntXjWd

ラハム
2017年11月03日 12:58:42

三太郎さん、コメントありがとうございます。

わたしは歴史に限らず、物事を客観的に見て、
ありのままを伝えることは非常に難しいと考えています。
それは、人間の知力と表現力に限界があるからです。

現役時代から次のように考えてきました。
一例として、茶筒のことを考察してみます。

ある人に茶筒を真上からだけ見せます。
すると茶筒の上蓋のところを観察することになり、
その人は茶筒というのは正円形なんだと報告するでしょう。
二人目には真横からだけ見せます。
すると二人目は茶筒というのは長方形なんだと報告するでしょう。
三人目には斜めから見せます。
すると三人目は茶筒というのは円筒形なんだと報告するでしょう。
茶筒の中身を見せなければ、内容物は不明です。
見せると茶葉が入っています。

これらの人たちは誰が正しく客観的でしょうか。
おそらく三人とも正確に報告しています。
でも、観察する角度が異なっているので、
報告内容も異なっているわけです。

そして、観察者の茶筒に関する解釈が
言葉上の表現になって表れてきます。

だから、三太郎さんが理解されたように
物事の真実に近づくためには
検証を繰り返す必要があるのだと思います。

ちなみにわたしは「被造物管理の神学」を知って、
すべての報告は報告した人の解釈が入り混じった、
事実に基づく「物語」であることに気が付きました…。

その中には妄想や虚偽である場合も、もちろんありますが…。

三太郎
2017年11月02日 07:07:35

ラハムさん こんにちは

今回の記事も私の頭の中にあったことを見事に言語化してくれました。

歴史を考察するにあたっての重要な基本姿勢を提供しています。

ある出来事を「純粋に客観的」に伝えることは、非常に難しいでしょうね。

現在の記録技術が大昔とは比較にならないのは言うまでもありませんが、文字以外に写真や動画という映像技術と堅牢な保管技術で事実を後世に残すことができます。

しかし、これをもって完璧に客観的記録と言えるかというと、そうではなく、これもあくまで「外観」に過ぎず、「内幕」は別であるということだと考えます。

第三者が「外観」と「内幕」を知ることができて、初めて歴史の真実に近づくことができるということかと。
 
事実をありのままに伝えているかのように見える報道でさえが、国や新聞社、テレビ局、編集者によって偏りが見られるわけですから。

先日の衆議院解散も、いつどのように解散したかという事実は客観視できますが、解散の大義が本当に国難突破解散かどうかは内情を知る者にしかわからない。(笑)

記事の最後にあるように、歴史の真実に近づくためには、「外観」と「内幕」の調和がとれていても、検証を繰り返すこと。
これしかないと思います。

ラハム
2017年10月28日 16:45:59

#675の続きです。
第三章 「神学プロレゴメナ」について
「歴史はそれだけでは存在し得ない」です。
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rCe53bRFVwJMmxgG

マタイ7:7
2017年10月22日 19:05:42

捧げものが駄目なのではなく、その人が駄目だったのではないのかな?

ラハム
2017年10月22日 16:35:20

三太郎さん、

とても有益でためになる感想をありがとうございました。
三太郎さんの言われるように書かれた文章の
当時の状況をよく知り理解することはとても重要ですね。
わたしは中澤啓介氏による
「被造物管理の神学」で公開されているものは
すべて読んでいて中澤氏から感想を求められます。
でも、三太郎さんのように的確な表現はできていません。
その説明を書かれたのは中澤氏ですから、
三太郎さんの感想を彼に読んでいただこうと思います。

わたしもそのような感想をいただけると励みになります。
これからもよろしくお願いしますね…。

三太郎
2017年10月20日 00:22:34

面白い記事ですね。

"古代人も現代人も、自分たちのイデオロギーを過去の時代に投影して歴史を創作してしまう物語手法を身につけている"

これは言い換えれば、現代人の感覚で歴史や遠い昔の文献などを解明しようとすると、その本質を見極めることはできないということだと思います。

日本の場合で考えてみると面白いです。

柳田國男をはじめとする民族学者や上代日本文学者の多くは、古代の日本人にとって昼と夜は、異なる秩序社会であったと指摘しています。

我々現代人は、昼と夜は連続する時間の流れであることを信じて疑いませんが、古代人にとっての昼と夜は、時間の流れという枠組みを超えたものであって、昼は人間が活動する世界、夜は神が活動する世界と捉えていたそうです。

記紀や和歌の中には、その観念を示す箇所がたくさん出てきますが、そこを踏まえた上で読まないとボヤけた理解になります。

幾つか例をあげると

・山科の 鏡の山に 夜はも 夜のこと 昼はも 日のことごと 哭のみを 泣きつつ在りてや(万葉集 巻二 155)
・新治 筑波を過ぎて 幾夜か寝つる 日日並べて 夜には九夜 日には十日を(書紀・景行天皇 35)
・故 時の人 其の墓を号けて箸墓と謂ふ 是の墓は 日(ひる)は人作り 夜は神作る(書紀・崇神天皇 10年)

このように、一日の出来事を昼と夜に一々分けて、別々に勘定して表現しています。
また、箸墓古墳造営の夜の作業は神がやったと著しています。

これらは、昼と夜を全く別々の世界と見ていた当時の人たちにとっては当たり前の表現であったわけで、そこを踏まえず現代人的思い込みだけで考察しようとすると、本質から外れた解釈に発展してしまいます。
神の移動である伊勢神宮の式年遷宮の儀式が夜に行われるなど、神事が夜に行われることが多いことも、夜は神の世界であり人間の活動が許されない世界ということが当時の人々の常識であったことを考えれば、すんなり理解できます。

また平安時代になると、当時の人々は穢れが伝染することを当たり前のように信じていました。
「延喜式」には、甲・乙・丙・丁...と穢れが伝染する様がはっきりと記されています。
これを頭に入れておかないと、被差別部落がどのようにして発生したのかを理解することはできません。

私と同じ方も多いかと思いますが、聖書研究を始めたころ一番腑に落ちなかったのが、創世記4章1-7。
同じ労働力の産物の捧げものでありながら、アベルの羊はOK、カインの農産物はダメ。全くもって理解不能。
まあ、これについても様々な解釈があるわけですが、現代人の感覚であれこれ解釈したところで無意味であって、
当時の民族の慣習や生活観念に起因する記述だと考えます。
(今更ギャーギャー騒ぐ気も無いですが(笑))

同じ日本人でありながら、現代日本人が日本の古代史を正しく理解することすら容易ではない。
これを考えれば、中東砂漠民族の宗教本がどれだけ日本人に馴染みにくい難解な書物であるかが分かります。

ただ、現代人の生活・宗教観念も、数百年後の人類から見れば同じようなものなのでしょう。
今の科学も当たり前に考えていたことが覆されているかもしれません。

ラハムさん、いつも勉強になる情報ありがとうございます。

ラハム
2017年10月16日 10:57:00

#672の続きです。
第三章 「神学プロレゴメナ」について
「文学技法を知り歴史物語を理解する」です。
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rCXQ0XpRpAqxDoB8

きよの
2017年10月07日 18:34:02

わたし、みんなに会いたい。きて!!!

ラハム
2017年10月07日 15:47:03

「病気の人はほんとうに結婚できないのでしょうか」
という質問を真剣に考え続けてきました。

わたしは脳性まひという障害者ですから、
現役時代を含めて現在までこの答えを模索してきました。
わたしは現役時代、仲の良い兄弟から
「兄弟は障害者だから結婚できないんですよ」と、
苺みるくさんがS長老から言われたことと
そっくり同じことを言われています。

その言葉を聞いたわたしは次のように言いました。
障害者だって結婚している人がいるのだから、
障害を理由にして結婚できないのはおかしいって。
このとき、彼は自分の発言を撤回していたと思います。

障害者だから、病人だから結婚できないという回答は
おそらく、イエスでありノーでしょう。

実際のところ、障害者であっても、病人であっても
結婚できている人たちはたくさん存在するからです。
わたしが最近所属するようになった団体は
障害者の男性で三人も奥さんをもらっている人がいます。
あるいは、わたしと同じように結婚していない人もいます。
もしかすると結婚しないことを選択しているのかもしれません。
こうした事情はプライベートの関わることですから、
自分から話してくるか仲良くなるまで触れられないと思います。

また、現実問題として
障害があったり、病気であったりするなら
結婚に至る道の大きなハンディになることを
認めないわけにいきません。

日本の現状を考慮するならたとえ健常者であっても、
結婚できない人やしない人もいるわけですから、
障害や病気が直接の原因で結婚できないと助言することは
人として思慮に欠け、思いやりが不足していると思います。

ここにすべてを述べることはできませんが、
わたしのJW人生というのはある意味失恋の人生でした。
この現状は脱塔してからも変えることができていません。

自分から交際を申し込んだこともありました。
あるいは親身になって仲を取り持ってくれた
母親のような姉妹もいたのです。
別のときには、交際相手を紹介してもらったこともあります。
交際はしばらく続けることができたのですが、
相手の女性の話してくることや態度から、
この女性と結婚することは人生の破綻を招くと
結論せざるを得なくなり、両者合意の上で交際中止にしました。

思い出してみると気分が悪くなるようなことが多かったです。
わたしが人を見る目がなかったこともあるでしょう。
この人たちはほんとうに聖書やエホバの特質を
知っているのだろうかと幾度も当惑させられました。
楽園が来ることも信じていないようだとさえ、
思わされることも多々あったのです。

わたしは現在のところ聖書の神を信じていません。
一つだけ実感として感じていることはあります。
それはなにか人知を超えた力、計り知れない導きがあり、
-Something Great-と考えているのですが、
それが、わたしの人生全体を最善の方向へ
導いてくれているようなのです。

これまでの人生行路を振り返ってみると、
自分が何か得たい、実現させたい願望があったのですが、
それらが実現しないほうがよかったということが、
たくさん存在していたことに気が付きました。
現在でも結婚願望はあるのですが、
もしかするとそうできないほうが、しないほうが
わたしにとって最善なので、実現できないのかもしれない、
という考えに徐々に移行しつつあるところなのです。

たぶん、自分の心から結婚願望を削除できないでしょう。
でも、実現しないことが最善であれば、
それはそれで受け入れようと思いつつあります。

それぞれの人にとって何が最善か人間にはわかりませんから、
自分自身の人生を振り返って、自分自身で
最善とは何かを模索する必要があると思います。

最後にもう一度書きます。
障害があるから、病気だから結婚できないんだという
発言をする人は浅はかで軽率な人物だということです。

ラハム
2017年10月07日 08:25:23

#671の続きです。
第三章 「神学プロレゴメナ」について
「作品と作者の意図を読み解くには」です。
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rCiKUb7g7WraiAhK

作品としての聖書と聖書の著者の意図を
正しく読み解くことは果たして可能なのでしょうか。
JW組織の大きな誤りの一つは
聖書の著者の意図を捻じ曲げて解釈し、
それを一種の脅迫の手段として、
多くの人を支配しようとしたことだと思います…。

ラハム
2017年10月02日 17:19:03

#669の続きです。
第三章 「神学プロレゴメナ」について
「学者たちの高慢、抵抗する人々の高慢」です。
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rClQ4vOyzXlmJbKG

マタイ7:7
2017年09月26日 19:03:56

私が、何を信じ何に献身したのか再確認させてくれたこの広場に感謝します。

ラハム
2017年09月22日 09:41:00

#668の続きです。
第三章 「神学プロレゴメナ」について
「聖書解釈の歴史と世界観の変遷」です。
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rCof7ulhkIYYqz3s

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