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トピックレビュー(最新表示)

ラハム
2017年07月22日 17:31:35

#625の続きです。
第二章 聖書について
「最近の批評学の健全な研究成果」です。
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rDIIwKuX7ePjlgx3

ジョエル
2017年07月13日 14:59:41

今日の護教論は、何を弁護しようとしているのか、まさに弁護するものがはっきりしていないし、その手段についても不明瞭なのである。さらに付け加えるならば、その営みにまったく尊厳というものを感じられないし、しかもそれは押しつけがましいのである。おそらく正しくよいことをしていると思っているのであろう。しかし彼らはキリスト教宗教をジャンクな製品のように考え、社会のあらゆる諸問題のための万能治療薬であるかのように、この宗教の効能を自慢している。



アドルフ・フォン・ハルナック~1899~1900年の講義より



押しつけがましいという考えを押しつけとるやないかい

鬼太郎
2017年07月11日 17:00:57

まさに、JW教理・信条そのものです。
創世記から啓示の書まで、一貫したメッセージがあり、全ての生活 生き方 様々な物事に対する対処法まで、全ての回答が
聖書にはある、、、、そう信じこんでいました。

ラハム
2017年07月11日 16:16:45

#620の続きです。
第二章 聖書について
「教派が作り上げた伝承と理性の呪縛」です。
どうぞお楽しみください。

ここにはJW組織の誤りも指摘されていると思います。

https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rDMpc3GawT20HuWq

ラハム
2017年07月04日 15:57:58

鬼太郎兄弟、irisさん、ジョエルさん、
興味深いコメントをありがとうございました。
聖書について鋭い考察を示している記事だったですね。
わたしも改めてじっくり読み直しました。
引用されていた、列王第一22:11ですが、
聖書を直接読んでみると、同じく22:24のようです。
興味ある方はご自分の聖書からご確認ください。
でも、記事の価値が減じることはないと思います。

これを書き込んだ翌日、JWTCに出席し、
著者に確認したところ、やはり列王第一22:24でした。
皆さんに訂正をお伝えしてほしいとのことでした…。

その昔「ものみの塔」誌で訂正文の掲載を見たことがあります。
それ以来、まったく見たことはありません。
予言の間違いも訂正しませんから、印刷物の誤りなんて、
ささいなことだと訂正するわけないかとも思います…。

それにしても、誤りの多い組織だったなとしみじみ思います…。

ジョエル
2017年07月03日 11:25:57

ルーテル派の学者さんが、新約の山上の説教さえ戒律主義者の手にかかると「世界が明日にでも終わる(終わってもいい、いや終わってほしい)と本気で考える独身男性専用」の戒律集になる、と言っていました。

キメラ証人さんみたいな人に「これだからルーテル派は」と嚙みつかれないといいのですが。


バイブルマンはJWも取材したらしいですが、結局は「聖書を権威とする」根本主義団体はそれぞれ都合のいいところだけ「文字通り」解釈したり実践したりしているだけ、本当に一字一句すべてを現代でもその通りにやることはこういうことだ、をアピールしたかったみたいですね。

iris
2017年07月02日 22:42:05

ラハムさん、鬼太郎さん

ラハムさんいつもありがとうございます。
今回は特に興味深く読みました。

聖書は古代の人々が神について語った、あるいは神ご自身が語られた物語です。
しかし「聖書のみ」をことさらに重視する立場は、神を聖書の枠の中に閉じ込め、神よりも聖書を重視することになってしまっています。
特に、イエスが教えた神の本質をみることなく、聖書に記録された事件だけを判例のように参照するのみでは、古代とはまったく異なる現代の私たちの現実には対応できないのが当然です。

キリスト教における優れた聖職者とは、過去に神が何を行われたかという記録だけにとらわれず、イエスが教えた神の本質に照らして、今イエスがここにおられたら何をなさるか、神が本当にお望みなのは何かということを考えられる人だと思います。
もちろん聖職者でない信者も、自分の経験の範囲で、神の本当のみ心を行うよう努めるべきです。

このことはキリスト教に限ったことではなく、文書によって伝えられてきた宗教すべての聖職者が心がけるべきことだと思います。
時代を経ても書き換えることのできない聖典のみにとらわれた宗教は硬直化し、信者の現実を無視し、信者を苦しめる結果になります。

鬼太郎
2017年07月02日 09:39:16

ラハム兄弟 今回の記事は、福音派の問題イコールJW教理の問題ですね。
まともに、謙遜に読むならば、、、JWの『聖書のみを権威とする』姿勢の根本的な間違いを指摘するもの、、、。
個人的にもショックでしたが、、論理的に読めば、、、確かにその通りです。

ラハム
2017年07月02日 08:55:01

#617の続きです。
第二章 聖書について
「聖書のみ権威を置く」ゆえの問題。
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rDTYgIqfiJb4AMYo

ラハム
2017年06月26日 17:11:30

鬼太郎兄弟
コメントをありがとうございます。
たしかにこれらを読んでいる現役さんはびっくりでしょう。
わたしはライトの神学に加えて注解書も読むようになりました。
最近読み終えたのは伝道の書です。
それから、出エジプト記やヨハネも読みました。
全部いのちの言葉社から発行されている
ティンダル聖書注解です。
ハッとさせられる注解があります。
現役だったころには考えられないような説明もあって、
聖書が新鮮に感じることもあります。
注解書は霊感を受けていると主張しません。
でも、レイモンドフランズが述べているように
ころころ変わるものみの塔組織の教えよりも
ずっと安定性があります。

現役さんで聖書について知りたいと思われる人がいるなら、
こっそり注解書を読んでみることをおすすめします。
これも、パウロのように目からうろこの落ちる
経験をすることになると思いますよ…。

鬼太郎
2017年06月26日 12:32:42

ラハム兄弟 このトピと脱塔のトピでアクセス合計で21万を超えていますね。
NTライトの神学も、謙遜なJWにとっては目から鱗が落ちるほどのショックでしょうね。
これからも期待しています。

ラハム
2017年06月18日 16:03:50

#610の続きです。
第二章 聖書について
書かれた時代の世界観を知って理解する
どうぞお楽しみください。
https://1drv.ms/b/s!AvwG6dj2GBi7rDHiRR-VLTpPDDzO

ラハム
2017年06月15日 16:51:26
iris さんの発言:

カトリックでは、
いのちが母の胎に宿る前のことについては語りません。
ただ、いのちは神の賜物であり、父である神のもとこそが
地上の旅を終えたわたしたちの帰る場所であるという意識が
「帰天」に表れているように思います。

irisさん、ご返事ありがとうございます。
わたしは「帰天」と聞き、次の聖句を思い出します。
「塵は元の大地に帰り、霊は与え主である神に帰る」
-コヘレトの言葉12:7、新共同訳1994年発行

JWはコヘレトの書を伝道の書と呼んでいます。
カトリックの人たちがこの聖句から
亡くなった人の魂が天に戻ると信じるようになったのかなあと
しばらく考えていました。
いのちが神の賜物であるというのは
いのちの大切さを思い起こさせますね…。
地上の旅ってとても含蓄のある表現ですね…。
わたしの旅ってどこまで続くのでしょうか…。

三太郎
2017年06月12日 08:24:57

ラハムさん

昨年ぐらいから人間の死については、よくよく考えるようになりました。
といいますのも、昨年は親戚や知人がバタバタと旅立たれた年で、特に知人の中には、つい1,2か月前まで元気な姿で話をしていたのに、日本人の平均寿命に遠く届かない年齢で亡くなった方々もいました。
訃報を聞いたときはビックリで、いや何とあっけない幕切れかと。

一度アンテナを立てると、不思議なものでいろいろと情報が入ってきます。
意外だったのは、身近に臨死体験をしたという人が結構いたということです。
いわゆる三途の川やトンネル、超絶に美しいお花畑や故人を危篤状態の中で見たという話です。
この手の話は、JW時代はJW的短絡思考で一蹴、脱塔後は様々な知識を得るも棚上げでした。

人は死ぬとどうなるのだろうか。聖書の言っていることは本当なのか。

昨年の時点では聖書の縛りから、ほぼ解放されていましたが、最後のモヤモヤがこの問題だったわけです。

この問題は、聖書によらず、信憑性の高い現実の事象や事例を切り口にして調べていくと、今まで見えなかったものが見えてきました。
身近な人からも、経験談やそれとなく死生観なども尋ねてみたりもしました。

結論は、肉体と意識は繋がってはいるが別物であるとしか考えられない事象が現実としてあるということ、人は死んでも意識は生き続けるということを認めざるを得ないということです。
これに従えば、死とは無意識の状態であるとする聖書の教えは、事実ではないということになります。

それらを調べる過程で最も興味深かったのが、再生(転生)、つまり生まれ変わりとしか説明のしようがない事例です。
精神分析研究家のイアン・スティーヴンソンは、世界的なフィールドワークを行い、数千例の生まれ変わりの事例を報告しています。
彼は、学会の評判通り客観的で実直な研究姿勢を貫いており、その研究結果は極めて信頼のおけるものです。
以前は人間の再生(転生)など全く信じていませんでしたので、それらは正直いって衝撃的なものでした。

ここまで述べると、聖書を基準に物事を考える人にとっては、この時点で「こいつは頭がおかしくなったのではないのか」と思われるかもしれません。
確かに、これらは聖書のどこにも記されていませんから。

ラハム さんの発言:

もし、元いた天国に帰るというのであれば、
住み心地のよい天国からどういう目的で地上の来るのでしょうか。

イアン・スティーヴンソンは、生まれ変わりの理由にいついて明言はしていません。
しかし、生まれ変わりの思想や信仰は古代から世界中にたくさんあるのも事実で、他にも研究者はたくさんいます。
それらを総合して言えるのは、各人の「課題解決」がその目的であるということです。
それは、仏教のような機械的な再生(転生)ではなく、やり残した課題をクリアできるまで再生を繰り返し、それが解消されれば再生の必要はなくなるというものです。
言わば、この世は学校のようなもので、死とは卒業に過ぎないということになります。

また課題は人それぞれで、それが現在の境遇に反映されているようです。
つまり、世の中に見られる明らかな不公平は偶然ではなく、”理由がある”という理解になります。

しかしそうなると、聖書とは一体何だったのかという話もありますが、とりあえずこのあたりにしておきます。

平たく言えば、私は結局日本古来の「人間は死ねばみんなあの世に行く」という考えに回帰したのかもしれません。
それでも私は今現在、これでかなりしっくりときています。他の人に何を言われようが構いません。不思議と違和感がないのです。
金品を要求されることもなく、何かに縛られることもなく、どこぞの組織に入る必要もありません。

以上はとても今の科学で証明できるものではありませんが、現実として存在する事象を否定しても何も始まらない。

今後は量子力学の研究が、死後の世界の解明に一役買うことになるかもしれません。
意識が物理現象に影響を及ぼすことを確認した有名なダブルスリット実験。量子の属性が遠く離れた別の量子に、その属性が瞬間的に移動するテレポーテーション現象も確認されています。
理論物理学者のリサ・ランドールは、原子核を構成する素粒子の中に、この世界から姿を消すものがあるという矛盾に注目し、異次元世界が我々の3次元空間をとりまく巨大な時空であるということを理論上立証しています。
また、個別性を保持しながら異なる形態への移行する現象は、我々は当たり前のように目にしています。(幼虫→さなぎ→蝶)
そう遠くない将来、今までの宇宙観は大きく覆されると思います。

私は現在の境遇を素直に受け入れてやっていきたいとい思っています。課題は見つかっておりますので。

ラハム
2017年06月10日 22:35:30
三太郎 さんの発言:

私は世の中に見られる明らかな不公平については昔から甚だ疑問に感じていましたが、JWや聖書の頭をリセットし、切り口を変えて考察することにより、今では一定の結論に至っています。

三太郎さん、コメントありがとうございます。
ここで述べてくださっている、
「一定の結論」ってどのような内容でしょうか。
明らかな不公平に関してわたしも非常に興味があります。
たぶん、人生の大命題でしょう。
少しでもいいですから、
その内容を教えていただきたいのですが…。

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