エホバの証人レッスン

信仰の枠を超えた真理の探究

カテゴリー: 聖書の史実性 (2ページ/2ページ)

裁き人エフタの約束 – ユダヤ人文書にみられる理解

以下の記述は西暦1世紀頃の文書と考えられている「聖書古代史」(ラテン語のテキスト)の日本語訳の一部です。これはフィロンの文書のラテン語訳と一緒に見つかっていたため、フィロンの作と考えられていました。現在はフィロンではないと考えられていますが、フィロンに近い西暦1世紀頃の文書と考えられています。

この文書の中には聖書には出ていないエフタの娘の名前や、エホバがエフタの娘が犠牲になることを導いたことなどが記されています。

そして聖書の中と一致している点ではエフタの娘の死に関連する習慣、つまりエフタの娘の死を「イスラエルの女らは大いに悼む」習慣が存在していたことが記されています。

聖書古代史 39:10-40:9 作者不明(偽フィロン)

アンモンの子らの王はエフタの声に聞き従おうとしなかったので、エフタは立ち上がり、民全員が出て行って準備万端で戦えるよう彼らを武装させて、言った。「アンモンの子らが私の手に渡されて私が戻ってきたとき、最初に私を出迎えたものはどんなものでも主のために全燔祭の捧げ物となるである」。主はお怒りになっておっしゃった。「見よ、エフタは最初に彼を出迎えたものをどんなものでも私に捧げると誓った。今もし犬が最初にエフタを出迎えたなら、犬が私に捧げられるのだろうか。今エフタの誓いは彼の初子において、つまり彼自身の胎の実において成就するがよい。そして彼の願いは彼に一人娘において成就するがよい。しかし私は今このとき、私の民を解放するであろう。彼のためにではなく、イスラエルが祈った祈りのために」。

エフタは行ってアンモンの子らを攻めた。そして主は彼らを彼の手にお渡しになり、彼は彼らの六〇の町を撃った。エフタは無事帰り、女たちが彼を迎えに踊りながら出て来た。彼には一人娘があり、彼女は自分の父を迎えに真っ先に家から踊りながら出てきた。エフタは彼女を見ると、気を失いそうになって言った。「お前の名がセイラと呼ばれたのももっともだ、お前が犠牲としてささげられるようにと。今、誰が私の心を天秤に、私の魂を秤にかけるであろうか。そうすれば私は立ってどちらがより重いか見るであろう、生じた喜びのほうか、それとも私に降りかかる悲しみのほうか。私は誓いの歌で私の主に対し口を開いたのだから、それを呼び戻すことはできない」。彼の娘セイラは彼に言った。「民が解放されたのを見ていながら、誰が死ぬのを悲しみましょうか。あるいは父祖たちの時代に起きたことをお忘れですか。あのとき、その父親は息子を全燔祭の捧げ物として置き、彼[=息子]は彼に逆らわず喜んで彼に同意しました。そして捧げられようとしていた者は準備ができており、捧げようとした者は喜んでいたのです。今、あなたが誓ったことはどれも取り消してはならず、実行してください。けれど、私は死ぬ前にあなたに一つだけお願いを申し上げます。魂をお返しすることに痛みを覚えるのでもありませんが、父が誓いによって罠にかかったことが悲しいので、私は犠牲のため自らを自発的に捧げたとはいえ、私の死に意に適わないのではないか、あるいは私は魂を空しく失うことになるのではないかと私は恐れています。こういったことを私は山々に告げ、その後戻るでしょう」。彼女の父は言った。「行きなさい」。

エフタの娘セイラは出発した、彼女と彼女の友達の娘たちは。そして民の賢人たちのところに来て語ったが、誰も彼女の言葉に答えることはできなかった。その後彼女はテレグ山に来た。主は夜、彼女についてお考えになり仰せになった。「今や見よ、私はこの世代における私の民の賢人らの口を封じた。彼らがエフタの娘の言葉に答えることができないように。それは私の言葉が成就されるため、また私が考えた計画が覆されることのないためである。私は彼女がその父よりも賢いのを、またここにいる賢人全員よりも娘のほうが思慮深いのを見た。今、彼女の魂はその願いによって与えられよ。彼女の死はいつまでも私の前に貴いものとなろう。彼女は去って死に、その母たちの懐に収まるであろう」。

エフタの娘はテレグ山に来ると嘆き始めた。そしてこれが彼女の哀悼歌である。彼女は逝く前にその哀悼歌でもって悲しみ、身の上を嘆いて言った。「聞いてください、山々よ、私の哀悼歌を。見てください、丘よ、私の目の涙を。証人になってください、岩々よ、私の魂の嘆きの。見よ、私はどのような試練に遭わされていることか。でも、私の魂が空しく取られることはありませんように。私の言葉が天まで届き、私の涙が蒼穹の前に記されますように。すなわち、父は犠牲に捧げると誓った娘を説き伏せているのではない、と。支配者は犠牲にするよう約束された彼の一人娘の言うことを聞き入れている、と。

私は私の夫婦の部屋によって満ち足りたことはなかったし、私の婚礼の花輪で満たされたこともありませんでした。私の高貴さにふさわしく華やかに装ったことはありませんし、香油を用いたこともなく、私のために準備された塗油を私の魂が享受することもありませんでした。ああ母上、あなたが一人娘を産んだのも空しいことでした。なぜなら陰府が私の夫婦の部屋になったからです。私の香料と、あなたが私のために準備してくださった香油の調合物すべては地面に注がれるがよい。そして母が織った白い衣を衣蛾が食い、私の乳母がその時のために編んだ花輪はしおれるがよい。青と紫で私の枝が織り上げた[寝台の]上掛けを衣魚が台無しにするがよい。私の友達の娘たちは何日も私について嘆いて語り、私のことを悼んでくれますように。木々よ、枝を垂れて私の若さを嘆いてください。森の獣よ、来て私が処女のままであることに呻き声を上げてください。なぜなら私の年月は断ち切られ、私の人生の時は闇の中で老いるでしょうから」。

こう言うと、セイラは父のもとに帰った。そして彼は誓ったことをすべて行い、全燔祭の捧げ物を捧げた。それからイスラエルの娘たちはみな集まり、エフタの娘を埋葬し、彼女を悼んだ。イスラエルの女らは大いに悼み、その月の一四日目に毎年集まって四日間エフタの娘を悼むことに決めた。そして彼らは彼女の墓の名をその名にちなんでセイラとした。エフタは一〇年間イスラエルの子らを裁いた。彼は死んで、自分の父祖と共に埋葬された。

聖書古代誌―偽フィロン (ユダヤ古典叢書) – 教文館から

 

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裁き人エフタの約束 – 子どもの犠牲

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これはエホバの証人が子ども向けの教材として使用している「わたしの聖書物語の本」の中の挿絵です。これは裁き人の書11章に出てくる旧約聖書の物語からとられています。

ものみの塔2007年5月15日号9ページにはこの物語の場面が父親の立派な模範として描かれています。次のように語られています。

*** 塔07 5/15 9ページ エフタはエホバへの誓約を守る ***
神からの指示を切に望んでいたエフタは,神にこう誓約します。「もしアンモンの子らを間違いなくわたしの手に与えてくださるならば,わたしがアンモンの子らのもとから無事に戻って来た時にわたしの家の戸口から迎えに出て来る者,その出て来る者はエホバのものとされることになります。わたしはその者を焼燔の捧げ物としてささげなければなりません」。それにこたえて,神はエフタを祝福し,エフタがアンモン人の20の都市を討ち,「大いなる殺りく」を行ない,イスラエルの敵を従えることができるようにされます。―裁き人 11:30‐33。

エフタはアンモンの大量殺戮に成功したら、自分の家の者から一人を「焼燔の捧げ物としてささげる」と誓いました。ところがエホバの証人や現代の一部のクリスチャンはこれは焼燔の犠牲のことではなくて神殿での奉仕のことだと述べ、次のように説明を加えます。

*** 塔07 5/15 9–10ページ エフタはエホバへの誓約を守る ***
エフタがその誓約を行なったときには,神の霊がエフタの上に働いていましたし,エホバはエフタの努力を祝福されました。エフタはその信仰と,神の目的に関係して果たした役割のゆえに,聖書の中で褒められています。(サムエル第一 12:11。ヘブライ 11:32‐34)ですから,エフタが人間を犠牲としてささげて殺人を犯すことなど,とても考えられません。では,エフタはどのようなつもりで人間をエホバにささげると誓約したのでしょうか。
エフタは自分の出会った人を神への全き奉仕にささげるつもりだったようです。

今日のクリスチャンは旧約聖書の残虐性を認めることに困難を覚えます。娘を焼燔の犠牲にするなど最悪のことであり、神の民の指導者がそのような行動をとりながら神が戒めずに信仰の模範として扱うはずがない、そして神は人間の犠牲を要求する律法を与えたこともないし、むしろ他の神々へ捧げられていたそのような犠牲を忌み嫌っていることが述べられているという点がしばしば指摘されます。

しかしエフタが娘を焼燔の犠牲としてささげたことを否定する人は幾つもの点を見過ごしています。まずエフタが「焼燔の捧げ物」を「神殿での奉仕」のように唱えていたのであれば、それは異例な言葉の使い方で、それこそ明確に説明がなされるべき内容であるということです。

エフタはその直前に「はなはだ大いなる殺りくを行なった」(裁き人 11:33) と文脈の中で述べられています。ものみの塔は「エフタが人間を犠牲としてささげて殺人を犯すことなど,とても考えられません」と述べていますが、直前の記述を忘れています。エフタによって殺戮された人々、その中には無抵抗の女や子どもたちが含まれていたことでしょう。旧約聖書はイスラエルに対して神が殺戮が命令されたとする記述の中で動物や人間を「滅びのためにささげられたもの」、つまり神に奉納されたものとして描写しています。

1世紀のユダヤ人歴史家ヨセフスの記述

真実の答えは明確です。エフタの”焼燔の捧げ物”の約束が文字通りの意味であったことは1世紀のユダヤ人の歴史家ヨセフスの記述から覆しようがなくなります。これが当時のユダヤ人の理解であり、”焼燔の捧げ物”に特別な意味などなかったことを示しています。

フラウィウス・ヨセフス
ユダヤ古代誌 第5巻 7:10
ついで彼は神に勝利を祈願し、もし自分が無事に戻ることができれば、最初に出会った生き物を犠牲として捧げると約束した。そして、彼は敵と戦って徹底的にこれを打ち破り、殺戮を重ねながらミンニテの町まで追撃した。彼はアンモンの土地を横断し、多くの町を破壊して戦利品を獲得し、また一八年もの間彼らの奴隷になっていた同胞たちを解放した。彼がこのような嚇々たる戦果をあげて帰って来ると、そこには思いもかけぬ不幸な運命が待ち受けていた。というのは、彼が帰って最初に出会ったのが彼の娘だったからである。彼女はまだ生娘で彼の一人娘であった。
悲しみに打ちひしがれた父親は、その衝撃があまりにも大きかったために、なぜあわてて会いに出て来たかと娘をはげしく叱りつけた。神に彼女を犠牲として捧げなければならなかったからである。しかし彼女は、父親の勝利と同胞市民の解放の代償として自分が死なねばならぬのを知っても、その運命に不平を言わなかった。ただ、彼女は友だちと自分の青春を惜しむために二か月の猶予を乞い、それがすめばいつでも父親が神への誓約を実行してもかまわないと言った。父親は娘にその猶予期間を与え、それがすむと、娘を播祭の犠牲として捧げた。このような犠牲は、律法に適うものでも、神に喜ばれるものでもなかったが、彼は自分の行為がそれを聞いた者にどのように受け取られるかを洞察できなかったのである。

ユダヤ古代誌〈2〉ちくま学芸文庫 から

ヨセフスは少なくともエフタの行動を無思慮な一面があったことをほのめかしていますが聖書自体にはそのような指摘があるわけではありません。さらにヘブライ11章の中では信仰の模範として列挙されていますがエフタを咎める記述は何もありません。

ユダヤ人の理解を確認するための資料はヨセフスの資料だけではありません。他にも1世紀頃に書かれたとされる作者不明の「聖書古代史」(間違ってフィロンの作とされていた)にはさらに興味深い点が述べられています。

続きは「裁き人エフタの約束 – ユダヤ人文書にみられる理解」からご覧ください。

 

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